ひまつぶしdeすぷ~ん インタビュー

みなさん こんにちは。イエローです。 今回は ひまつぶしdeすぷ~ん(町田市金井、特定非営利活動(NPO)法人 地域であたりまえに育つ営みを 支援する会)のインタビューを お届けします。
ひまつぶしdeすぷ~ん広報誌には「障がいを持つ方の支援(一時預かり・ヘルパー派遣)活動を地域の中で・・・。」 とあります。
すでに レスパイト会員になっている方や  ガイドヘルパーを利用するために 登録している人も 多いと思います。

2013年2月28日、レッドとイエローが、スタッフの 長野さん、城田さんに お話を伺いました。
お二人は 開設当時からの スタッフです。 ではインタビュー開始です。

~ひまつぶしdeすぷ~ん は どんなところですか? ネーミングについても教えてください。

「ひまつぶし」の命名者 はスタッフ城田です。
まず、みんなで名前を決めよう、ということで いろいろなことを言い出しました。
障がいのある人が 「ヒマをつぶす場所」 障がいの無い人も「暇をつぶす」サークル、サロンのようなものが うまく 作れれればいいな、という趣旨ではじめたんですね。
何年かはそれを追及しましたが そのうちに ひまつぶしのスタッフに 「ヒマをつぶす」余裕が無くなって 忙しくなってしまいました(笑)。
この場所は もともと「すぷ~ん」というレストランでした。その「すぷ~ん」を 継ごうという意味もあるし 障がいのある方は 無い人より「すぷ~ん」を使うことが多い、ということもあって それをくっつけちゃえばいいか、みたいな 軽い発想で「ひまつぶしdeすぷ~ん」となりました。
「ひまつぶし」と「すぷ~ん」はひらがなで、「de」は小文字(アルファベット)で、書こう、なんて、そんなことを当時は真剣に話し合っていました。

~事業内容についておしえてください

  • レスパイト事業
    障がいを持つ方の介護を 一時的にご家族に代わって行うサービスです。
    アパートや周辺地域で依頼の時間を楽しみながら 一緒に過ごしています。
    年会費3000円でレスパイト会員になっていただき、登録していただければご利用になれます。
    ひまつぶしが 独自に行っているサービスです。有料です。利用料は1時間840円~。
  • 緊急一時保護事業
    介護者が冠婚葬祭や病気等により介護に当たれないときに一時的に宿泊を伴う保護を行うサービスです。
    町田市の委託事業です。
    利用していただく際の申し込み受付は町田市障がい福祉課になっています。
  • 障害者自立支援事業
    障がいを持つ方の家事援助、身体介護、重度訪問介護(ホームヘルプ)、 移動介護(外出支援)にあたるサービスです。
    町田市の委託事業です。
    利用していただく際には支援費の受給者証を取得し(移動介護は市区町村の承認を受けます)その範囲の中で契約を結びます。
    一部、町田市以外の市、区からの委託も受けています。

を行っています。

そのほかレスパイト会員対象のイベントを 季節に合わせて年に4回ほど行います。
希望者を募ってお出かけしたり、クリスマス会などです。

お芋堀りお芋堀り歩こう会・小山田緑地
いろいろなイベント
最近は希望者が多く、キャンセル待ちになってしまうような状態です。
それも考えていかないといけないなと思っています。

~施設について教えてください

もともとレストランだった建物を拠点として、近隣に3DKのアパートを3軒分借りています。

事務室、書庫として使用するほか、レスパイトに使える部屋が5部屋あります。

駐車場は現在17台分 借りています。 送迎車は6台あります。
アパートアパートアパート
泊まる施設(緊急一時2床、レスパイト)として 「ほっとかないの家」 があります。

こちらはひまつぶしから車で5分くらいのところの1軒家でバリアフリー仕様です。

ネーミングには「放っておかない」「暖かい金井」の両方の意味があります。

レスパイトの利用者さんが 雨の日に過ごすこともあります。

~スタッフの人数は?

男性職員8名、女性職員9名 登録ヘルパー約250名(ヘルパー2級所持多数 職員を含めて介護福祉士資格所持約30名)です。

入れ替わり立ち代り働いてもらっています。実働(お給料を払っている人)は毎月120~130名。働く時間は人によってかなり違います。

~利用者数は?

2013年2月現在 レスパイト会員数(年会費3000円を払っている人)が326世帯。
ガイヘル利用希望登録者 500人以上います。(レスパイト会員も含まれます)

~利用状況は?

今年度は延べ時間 年間2万時間を越えるくらいです。
月平均で延べ人数150~170人くらいですね。泊まりの預かりが増えています。

~ひまつぶしができるまでのことを教えてください。

故要倉先生とスタッフ5人(長野さん、田村さん、城田さん、故高橋さん)で1999年4月開所を目指して半年前(1998年9月)から準備してNPOの認可を受けるための勉強を始めたり活動の設置場所として、アパートを借りる場所を探すところからはじめました。
初期メンバー
みんな職場があったので夜に集まって話をしたり、休みの日は 町田市内いろいろなところを探しました。法人をとる前だったので 壁が厚く、理解してくれる大家さんがなかなか見つからず、町田市大蔵に借りることができたのは 1999年2月でした。
そこが事務所だったんですよ。その後、現在の拠点(レストランだった建物)を借りることができて移りました。
かなめ号
「地域で当たり前に・・・」それが私たちの一番の目的、開くことの意味、でした。 資金は スタッフの退職金等を出資しました。 一番最初に買ったのが福祉車両です あるときふと通りかかった中古車販売店でその車を見て衝動買いしました。 50万くらいだったんですが、ローンで購入しました。それが 初代「かなめ号」です。
車の契約をしてすぐ、開所にあたって、どんなニーズにこたえていけばいいのかというリサーチをしたかったので、説明会を開きました。
小さな団体や 親の会など、いろいろなところに案内を出して、実際集まっていただいたのは 親、ご家族の方が8割くらいだったので、私たちのやろうとしていることに対して協力や応援してもらえるような雰囲気を期待していたのですが、 みなさんからは 意外にも「車一台で何ができるのか?」「そんな絵に描いた餅のようなことできるわけない」などと厳しい意見が多く出て、がっかりして帰った記憶があります。
準備は万全にしていたつもりだったのに、ニーズを聞いたりするところまで行けませんでした。
冬で、ちょうど雪も降ってきたりして、皆落ち込んで帰った記憶があります。

不安も大きかったのですが もう動き出していたし、やめようという気持ちはありませんでした。
その頃ある方に「いろいろな人間を巻き込んでやればいいじゃないか」という励ましの言葉をいただき、一筋の光が見えたということもありましたし、その説明会ではスタッフの村上との運命的な出会いもありました。
村上には購入した福祉車両を試乗してもらうとか、車いすの人のニーズを知るための相談役として会議に加わってもらったりしているうちに6人目のスタッフになりました。
そのころ、同時に 都庁へNPO団体の認定を受けに行っていました。その手続きがほぼ進んでいたころ、 あるところから現在のこの場所(レストランスプーン)が借りられることになり、急遽移ったんです。
開設当初のひまつぶし

~当時 いろいろな壁があったと思いますが どうやってそれを乗り越えたのでしょうか?

そのときこだわっていたのは 当時、障害のある人たちは家と作業所以外行くところが無かったんですよ。
そこにもうひとつの場所があるといいなということにこだわっていました。 最初に始めたのが「レスパイト」です。
当時は移動介護などもなく、冠婚葬祭などの理由のあるときに使える緊急一時保護の制度がわずかにあったくらいでした。
「レスパイト」は理由を問わず、障害のある方をお預かりするというサービスなので、親御さんの休養やリフレッシュのために利用することができるという点で親御さんのニーズもありましたし、障害のある方にとっては「ひまつぶし」が仕事場でも家でもないもうひとつの場所になれるサービスですが、黒字にはならないんですよね(笑)
ある日のお弁当 当時のスタッフは全員前の職場を退職して無収入になってしまっていたので、早いうちにスタッフの生活を安定させないとということを要倉先生が考えてくださって、町田市の障がい福祉課とも話し合いの場を持ちました。
ヘルパーステーションとしてならある程度のお金を町田市から出すこともできるということで、ヘルパーの資格も順番に取りました。
当時は制度が違ったのでヘルパーサービスを使える人も少なかったのですが自立支援法になって、ヘルパーを使える人が増えてきてひまつぶしの需要もだんだんと増えてきました。追い風ですよね。
開所してしばらくはレストランとお弁当を販売して家賃を稼いでいたような感じですね。
今思うと恥ずかしい限りですが 結構売れていました。
お弁当を作るスタッフ

そのころはお母さんたちに集まってもらって懇談会をしたり、思春期の問題の学習会をしたり、ということもしていました。満席になるほど 多くの方に来てもらいました。 意見ある人たちの声を聞こう、ということで 養護の医ケアの人たちの話を聞いたり、そのようなことはスタッフの勉強にもなりました。 今も職員は医ケアの研修を受けています。(吸引、吸入、胃ろうなど) 一生懸命でしたよね。時間的余裕があったので、話し合う時間もたっぷりありましたし。最近はちょっとお母さんたちとの距離も少し遠のいている気がしますね。 運転手さんが送迎に出たりするので、スタッフが親御さんとお会いする機会も少なくなってしまったんです。 懇談会はやったほうがいいですね。

~心がけていることはありますか

安全で楽しい場所にしよう、ということです。それに向かって 挨拶、敬称を付けて呼ぶことも大切にしています。
楽しい時間を共有することで 「ひまつぶし」 が続いていくと思っています。
騒音や駐車について 苦情が来ることがあるため、気をつけるようにしています。

~課題はありますか。

職員人数が多くなったことで 結束をしていくことですね。
会議でもそのことを追及することが多いです。職員数が多くなったことや、定休日が無いこと、シフト制勤務であることで、全員が顔を合わせることができるのは 毎週火曜日の職員会議だけなんです。
そこで みんなの意見を聞いたり、自分の思いを話したり、コミニュケーションですね。
全体に いろいろなことを伝達しにくくなっていますよね、それをスタッフ会議の中で解決できるよう努力しています。

それと、利用者さんやご家族からの情報をどのように収集するか 考えていかないと、と思っています。
レスパイトの会員さんのお母さんたちと話す機会が減っています。
送迎時にも 職員がお母さんと直接顔を合わせることが難しくなっているので・・・。
やはり 懇談会を開くこと、ですかね。

~今後にむけて考えていることはありますか

親御さんからはショートステイをやってほしいと言われるのですが、それをやったところで、せいぜい1床か2床ですし、そのぶんレスパイトが受けられなくなることを思うと、決して良いことではないような気がしています。

知的のグループホームは増えつつありますが 身体の方たちの住むところがないんですよね。
在宅の人もほとんどが身体であるということが 居宅(介護)をやっているとよくわかるんですよね。
その方たちが施設に入らず、地域で暮らせるようなことをできたらいいなとは思っています。

~みなさんに伝えたいことはありますか。
ひまつぶしのようなステーション、場所が増えて、サービスを利用者さんご自身や ご家族が選べるようになるといいなと思います。
ここしかないからここに頼む、という社会にならないようになってほしいんです。
そうすると ここひまつぶしもそれに比例してよくなっていくと思うんですよね。
ライバル会社が出てきてほしいです。

~~~

インタビューはここまでです。今回は ひまつぶし開所のころの お話を詳しく聞きました。 今後、若いスタッフの視点や 仕事についてのインタビューを お願いできたらいいな、と思います。

イエローの娘は ひまつぶしが開所した 初期のころからレスパイト会員として お世話になっています。娘が小、中学生のころは 私自身に用事があるときに 下校時に 学校へ迎えに行ってもらえること、 レスパイト利用できることが 大変ありがたかったです。初めて小学校に迎えに行ってもらったとき、担任の先生は 「地域であたりまえに育つ営みを支援する会」という名称に驚くと共に、感激していました。 現在、娘は移動介護利用で、休日の生活を充実させることを中心にして お願いすることが多いです。これも 家族はとても助かっています。

ひまつぶしdeすぷ~んのHPはこちらです


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